生理的早産とは、「人間の新生児は生まれて一年経ってウマやシカ等のような哺乳類が生まれたときの発育状態に辿り着くので、人間は生理的に一年の「早産」をしているのではないかという説」のことです。
教員採用試験や保育士試験などに出題される内容なので、名前だけは聞いたことあるという人も多いのではないでしょうか。
生理的早産はスイスの生物学者であるアドルフ・ポルトマン(Adolf Portmann)の説であり、著書である『Biologische Fragmente zu einer Lehre vom Menschen』(1944)に登場しました。
この著書は、『人間はどこまで動物か』として訳されているので、もっと詳しく知りたい人は書籍をチェックしてみてください。
今回は、生理的早産とは何か、どうして生理的早産があると思われるのかについて、わかりやすく簡単に解説をしていきたいと思います。
生まれたての人間や動物の状態について
生まれたてのとき、私たち人間の赤ちゃんは自力では生きていけないくらい無力です。もし母親などの助けがなければ、一日も生きていくことはできないでしょう。
一方、ウマやシカの赤ちゃんは生まれてすぐ歩くことができ、ある程度自立することができますが、ネコやネズミの赤ちゃんは母親などの助けが必要なほど弱々しいです。
哺乳類に限らず、鳥類でも同じようにも同じようなことがいえます。
例えば、ヒヨコは生まれて数時間で立ち上がることができますが、キツツキやツバメのヒナは親鳥からエサを貰わないと生きていけません。
「人間の新生児は生まれて一年経ってようやく、ウマやシカ等のような哺乳類が生まれたときの発育状態に辿り着く」ため「人間は1年早く生まれているのではないか」というのが生理的早産です。
さて、ネコは自力で歩くのに生まれてから3週間程度の時間が必要ですが、生まれてくるのが3週間早いということでしょうか?
人間以外でもネコやネズミ、キツツキやツバメも生まれてきたときは弱々しく、自力では生きていけません。
生まれてすぐ動けない動物は人間だけではないのです。
人間と他の動物の違いを知るために、生まれてきた子供にどのような関係があるのかを比べる必要があるでしょう。
就巣性と離巣性
ポルトマンは、動物を就巣性と離巣性の2つに分けて考えました。
簡単に説明すると、
就巣性とは「自らの力では生きていくことができないような状態で赤ちゃんが生まれてくる動物」のことであり、
離巣性とは「生まれてすぐ目を開き、起き上がり歩くことができるような動物」のことをいいます。
なお、離巣性という言葉は鳥類の生態に対して使う言葉なので少しややこしい感じがしますが、ここでは哺乳類に対して就巣性と離巣性という言葉を使います。
就巣性(動けない赤ちゃん)である主な動物は、ネズミ、モグラ、ネコ、ウサギ、リスなどの動物であり、
離巣性(すぐ動ける赤ちゃん)である主な動物は、アザラシ、クジラ、サル、ウマ、ゾウなどの動物です。
小さめで比較的単純な動物(下等な哺乳類)が就巣性の動物、大きめで比較的複雑な動物(高等な哺乳類)が離巣性の性質を持ちます。
就巣性の動物に共通している点は、妊娠期間が短く、一度に生まれてくる子供の数が多く、何よりも生まれてきた赤ちゃんが能なしの状態であり目などの感覚器官が閉じているという点です。
一方、離巣性の動物に共通している点は、妊娠期間が長く、一度に生まれてくる子供の数は一匹か二匹であり、生まれたての赤ちゃんはよく発育しており、その姿は既に大人と似ているという点です。
生理的早産とは
生理的早産とは、人間は生理的に一年の「早産」をしているのではないかという説のことです。
就巣性と離巣性について上で説明しましたが、人間は就巣性と離巣性のどちらに当てはまるのでしょうか。
人間の赤ちゃんは、自らの力では生きていくことができないような状態で生まれてきますが、妊娠期間が長く、一度に生まれてくる子供の数は一人か二人です。
下等な哺乳類 | 高等な哺乳類 | 人間 | |
脳の大きさ | 小さい | 大きい | 大きい |
妊娠期間 | 非常に短い (20~30日) |
長い (50日以上) |
長い (280日) |
一度に生む子供の数 | 多い (例えば5~22匹) |
少ない (たいてい1~2匹) |
少ない |
誕生時の状態 | 就巣性 | 離巣性 | 就巣性? |
人間の赤ちゃんの妊娠期間は大変長く、一度に生まれてくる子供の数も少ないため、就巣性であるとは言えません。しかし、人間の赤ちゃんは頼りなく能なしであるため、単に離巣性であるということも難しいでしょう。
もし人間が本当に離巣性であるといえるのであれば、生まれてすぐ歩くことができ、親子でコミュニケーションをとるもできるはずです。
しかし、人間の赤ちゃんが歩くことができ、最低限のコミュニケーションを取ることができるようになるまで、生まれてから1年かかります。
つまり、人間の赤ちゃんは生まれてから1年経ってようやく他の離巣性の動物の赤ちゃんの状態に辿り着くため、人間が本当に離巣性ならば、人間の妊娠期間は今よりも1年長い約21カ月になるはずではないかと考えられます。
人間基準で考えると、21カ月という妊娠期間はあり得ないことであると考えてしまいますが、ゾウは妊娠期間が21カ月(最長で28カ月)もあり、キリンやサイの妊娠期間は15カ月もあります。
哺乳類として、妊娠期間が1年よりも長いことはあり得ないことではないのです。
よくよく考えて見ると、生後一年間の人間の赤ちゃんの成長はとても特徴的です。
人間の赤ちゃんの身長は生後一年間で約25cmも伸びるのですが、1歳以降の成長速度は1歳以前の成長速度と比べると緩くなることが上のグラフから見ても分かります。
チンパンジー、ゴリラ、オランウータンなどの類人猿にはこのような特徴はなく、生まれたときから比較的一様に成長していきます。
身長の伸び方のような曲線が折れ曲がるということは、人間特有の特徴なのです。
このような理由から、人間は「生理的」に一年の「早産」をしているのではないかと考えたのが生理的早産です。
少し長い説明になってしまいましたが、生理的早産については省略して解説した部分も多く、完全に正確な説明とは言えません。
詳細をもっと詳しく知りたい人は、『人間はどこまで動物か』を読むことを強くオススメします。